飾らない自分でいること。人に正直な自分でありたいということ

考えたこと

先日、一人で突然ふらりと海に行ったことをブログに書きました。

海から東京に帰ってきたすぐあとは、そのことが自分の何かを変えたとか、特別なことは何もなかったように感じていました。

 

でもその出来事を久しぶりに自分のFacebookに投稿してみたら、そんな何でもない出来事を客観的に見れたのか、急に「これって、何だかすごく私らしいよな。」と思えたのです。

 

これまで私は自分のFacebook に、子供メインの近況やら、家族のお出かけのことなど投稿していたのですが、いつもどこかそれらが自分自身のことじゃないような感覚を感じていました。

 

大して「いいね!」がつかないことも、一体私は誰に何をアピールしたいんだろう。この行動は何のためにやっているんだろうなんて空しさを覚えてからは、何となくまたSNSからは遠のいていました。

 

でも海に行った出来事を投稿した時、ある日思い立って突然海に行ってみること。これって最高に自分らしいな。と思えたんです。

 

これまで私は、「自分が変わり者だと思われたくない」とか「浮いてるって思われたくない」と思っていました。

それは特に、子供ができていわゆるママ友という付き合いが発生してからは、お互いほぼ深入りしない関係性の中で、無難な印象を心がけ、当たり障りのない関係、浮きもせず目立ちもせずを標準ラインとして生きてきたように思います。でもそれは、息苦しく、私らしくない人生でした。

 

SNSで人生うまくいってる風な、当たり障りのない投稿をすること。それって全然自分らしくないし、何を書いてもむなしかったです。

 

もちろんそういった投稿を楽しんでいる人たちのことをけなすつもりはありません。

ただ私自身について言うと、たとえSNSという場であっても、心から感じたことを表現したい。これまで自分に対して正直に生きることは自覚してきましたが、人に対しても心底正直でありたいと思ったのでした。

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それは私の本質に一歩近づいたような感じがしました。

人生というのは演出するものじゃない。少なくともそこに私はとてつもない空しさを感じました。

空気が読めなくても、変わった人だと思われても、いつでも自分の思うままの自分でありたい。そんな風に生きることは大事なことじゃないでしょうか。

 

私がまた自分の本質から離れそうになった時、あのとき撮影した淡々とした、でもひたすら美しい、海の動画を眺めては思い出そうと思います。

 

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